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魔がさした。考えなしに、舌打ちみたいに口が開いた

「久田さんて…住んでた人?」

就寝後の暗い部屋のなか、差し込む外灯の薄ら明かりで課長の背中が確認出来る
アパートの横を通るスクーターの年季の入ったモーター音が近くを行き過ぎて小さくなっていった

聞いたのに反応がない。寝てなければ…まずったらしい
みかんの水槽のポンプ音が妙にボコボコと響き渡っている。単調ないつもの夜の音

しばらく背中を見ていたが、目線を外し背中を向けるように寝返りをうった
このまま聞かなかったことにすれば。それで納得しよう

「どこで見たんだか…」小声だが反応があった

「あれはクダさん て読むんだ」

課長の声が穏やかだった。背中を向けたまま、耳だけ欹てる。じっと
小さな部屋の空気が一瞬にして精密に固まった気がした

「結婚したってさ。子供が二人居るって」

穏やかに便乗するようにまた口が開く。いつもならそれ以上は聞かないのに、なのに

「忘れられないから?」

短い問いにはいろんな意味と興味と、知りたいことが凝縮していた
正直、ものすごく言って緊張した。こんなの…

ちょっとした間の後、どこか悠長な口調で課長が口を開いた

「そういうことにしとくか」

なにかはぐらかされた感じ。でもって一体どんな返事なら自分的に良かったんだろう?
冗談めいていてそれとなくこれ以上は駄目なんだって、なんとなく分かった

それと今此処に代わって居る俺が、その人の分に敵ってないことも。

越えられない居候(だけ)の壁。毛布を被って思考を止めた
 カップラーメンを食ってた。生麺の結構うまいヤツ
食いながら夢中でゲームしてた。食っては進んで、また食って進んで置いて…

ゲームの画面の、ラーメンの、視界の端に何かが入った
まぬけにも大口開けてすすっている時だった

このラーメンにはどのカップ麺にも有るように“乾燥かやく”が入ってた。きざみネギとかメンマとか

「?」

オレの脳の細かい設定みたいのが、それをただのかやくなんて見逃せなかった

器の端の白い部分、細かい節のナニモノか。

昆虫の節、細かい脚の節が曲がって張り付いている
サイズ的には1cm。よく見るとご丁寧に細かい毛まで生えてるのが見える
オレはこれが何の虫の足か嫌ってほど分かった

分かったのはまあいい。どうするかはこの口に含んでいる(途中の)麺と汁だ

オレはこの際気づかなかったことにしようとさえ考えた
この汁にアレの細かくなったのがダシになっていたとしても。それでこのラーメンが結構旨いことも
その前に作ったとこにサンプルを送って分析させようかとか(そんで金もらってとか)

半分以上食ったカップ麺は、だらりと流しに滑り込んでいった


「野本さんゴキブリ食ったこと有ります?」
ええ、と聞かれた彼女は突拍子も無く酷い質問に過敏に反応した
「あるわけないじゃないですかーもう!」

「オレ、食ったことある…うっかりだけど」

それを聞いた彼女の瞳孔が、一瞬左右に微動したのが分かった
メシを食べてるとき、たいていお互いの目線は14型の、今じゃレトロなブラウン管に向かっているわけだが、そんなときの課長は結構おもしろい

全然見てるのに気付かない。ワイドショーのダイジェストに集中してるから
そんなにおもしろいかな。かなり真剣に見てるし

そんなのをじっと見ながら食うけど、やっぱり気付かない
たまにテレビに向かって喋る。俺に言ってるんだろうけど、そういうときはシカト

「番組とかもさ、ヤラセって思いながら見たらおもしろくないよなァ…」
「いい会社入ってて、給料もよかろうに」
「なにが不満であんな奥さん、殺しちゃったりするのかね。」

完全独り言状態。こういうとこ親父臭い、というかオバサンぽい
相槌欲しいならこっち見ればするのに。

反応しない俺の皿を見て「あと一杯分あるから、もう半分食えよ」
食えるか食えないかも聞かずにまだ食いかけの残った皿を強制的にさげられる
微妙。カレーなら多少いけるけど(結構ヘビー。今でも)
せっかく半分以上減ってた皿にがっつりルーがかかったのがまた戻ってくる
湯気だけで嫌(や)になった。昼からこんなに食うか柔道部

同じように盛ってきた自分の皿に容赦なくガツガツスプーンを入れてるのを見て
コメントする気も失せた。人種と胃袋が違う

番組がCMに変わっても、目線は相変わらずテレビに向いてる
ザクザク混ぜて、あとは見ながら口に運ぶだけ
雑誌読みながらだと怒るクセに。これも大して変わらないように思う

変わらず食っては見続ける彼の口元にいわゆる“おべんとう”発見。

あーおもしろいかも。脳内でハードディスクが読まれるときみたいのがカシャカシャいう

俺はこの機を逃がさずカレーをまたいでテーブルに両手で乗り出す
古いテーブルは足の具合の悪さでギシッときしむ

照れ臭さなんか出さない。口元の粒にゆっくりと吸い付いた
チューがしたかったんじゃなくて、あくまで粒を「取ってあげた」といわんばかりに。
口付けたときの、顔の近さにビリビリする

「メシ付いてる」小声で呟いて、また姿勢を戻して座った

とうの彼といえば、さっきまでがっついていたスプーンと止まっている
目線はテレビのまま。可笑しい。リアル・フリーズ

そしてまた静かに食べだした。さっきより若干慎重に
俺はてんこ盛りのカレーには手をつけず、そのまま片手で頬づいてみていた
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